「AI活用が一番進んでいる」のが社長ひとり、という会社

ある道の駅の光景として考えてみます。駅長はChatGPTを使いこなし、SNSの告知文も、口コミ返信の下書きも、イベント案内のたたき台も、駅長のスマホから出てきます。ところが秋の繁忙期、駅長が売り場に出ずっぱりになった途端、告知も下書きも止まりました。スタッフは誰も代われません。頼み方のコツも指示文も、駅長のスマホの中にしかないからです。

これは失敗談ではありません。トップがまず自分で試すのは、小さな会社のAI導入として正しい始まり方です。落とし穴は「社長が始めたこと」ではなく、「社長が独りで使い続けること」のほうにあります。

図1: 社長のスマホだけでAI活用を続けると「止まる・残らない・広がらない」の3つの落とし穴が生まれる

落とし穴は3つ。止まる・残らない・広がらない

一つ目は「止まる」。AIがからむ仕事が全部社長経由になり、社長が忙しい日は一緒に止まります。

二つ目は「残らない」。どう頼めばうまく返ってくるかというコツは、社長のスマホの履歴の中にだけあります。会社の資産になっていないので、誰も再現できません。

三つ目は「広がらない」。スタッフに見えるのは「社長がスマホで何かやっている」姿だけ。AIは社長の道具、下手に触るものではない――そんな空気ができると、便利さは社内に一歩も広がりません。個人のアカウントに会社の文章や情報がたまり続ける、という置き場所の問題もここに重なります。

広げる最初の一歩は、研修ではなく「見せて渡す」

やりがちなのが研修やツールの一斉契約から入ること。現場は「仕事が増えた」と受け取り、たいてい動きません。順番は逆がおすすめです。

まず「見せる」。朝礼や休憩の30秒、スマホの画面を見せながら一往復だけやってみせます。こう頼むとこう返ってくる、が見えるだけで、AIは社長の特殊技能から「誰でも押せるボタン」に変わります。

次に「渡す」。一番よく使っている指示文をひとつコピーして、紙か共有ノートに貼ります。「これを貼り付けて【 】の中だけ書き換えれば、お知らせの下書きが出る」と一言添えれば、それがそのまま社内最初のAIマニュアルです。

最後に「任せる」。SNSの下書きなど1業務だけ、担当をスタッフに替えてみます。

図2: 社内に広げる3ステップは「見せる→渡す→任せる」。研修より先に、よく使う指示文を1つ渡すことから

現場で感じるのは、広がらない理由は技術ではなく遠慮だ、ということです。指示文を紙で渡すのは、書き方を教える以上に「あなたが使っていい」という許可証を渡す行為なのだと思います。

明日やれる一歩

一番よく使っている指示文をひとつ選び、紙か共有ノートに書き写して、スタッフのひとりに渡してみてください。社長が一番の使い手であること自体は、会社の強みです。その強みがスマホの外に出たときから、個人の技は会社の力に変わり始めます。